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商品コード:
BHPK500-96014-230

ボヘミア・ピン「ニズボウル」 【PK500レッドクリスタル】 23cmバスケット230 10%Off

通常価格(税込):
55,000
販売価格(税込):
49,500
関連カテゴリ:
ボヘミア > PK500 食器/ バスケット

チェコのボヘミア地方には 2~3百社のカッティングメーカがあり 皆ボヘミアを 呼称。しかしブランクを作れるのは たった四軒。(ムラノ島に 手作りの ヴェネツィアンクリスタッロ工房が 4軒なのも 共に千数百年を今に生きる 両者の奇しき偶然でしょう) その中でもニズボウル村の リックル社がボヘミアンNo1.ピン

レッドクリスタル(純硬質 酸化鉛を24%以上含み 屈折率1.545以上の透明度の高い人工水晶)
(今作のライトガラスではありません。

ボヘミア・ピン・ニズボウルは 分厚いブランクに ハンドで 深く切り込みます
から 山谷が鋭く ために 青火が走り キラキラと 眩い光の芸術を演出します。

ボヘミア 96014-160 バスケット4
ニズボウル・布張りボックス

ボヘミア 96014-230 バスケット - コピー

主だったお店を調べましたが お熟成アインにしかないようです。
このお品は 20年前頃 レッドクリスタル時代のお品で 今や ボヘミアライトガラスへ 到っております中で お熟成アインは  2段階上の ボヘミア・ピン「ニズボウル」を頑固に 取り扱っております。クリスタルの透明度を上げる鉛の含有量が食品検査法で厳しく限定されており 簡単なライトガラスに時代は 採算重視で重厚感を捨てております。
こんな伝統の正規品が お熟成アインでは何故 お安いのでしょう ? それは売るのが下手で20年前の正規品が もう少なくなりましたが まだあるからです。大概のお店は 色々な宣伝広告に金をかけ ポイントで釣ったりして上手にお高くさばいていかれます。売り下手のアインは ひたすらお熟成 お値打ちのつくのを待ちます。お陰で 二昔以来 このレッドクリスタルのボヘミア・ピン「ニズボウル」正規品は手に入りません。お熟成アインの真骨頂 ! !

当店のお品は 総て 現地在庫を漁らず(現地では B品の販売があり ブランド箱のついてないものがありますので その混入を避けるため) 欧州代理店を通じて 各メーカーに 発注しております。B品 ブランド箱無しありません。
 
お熟成価格は 安くて美味しい。お熟成ワインは ボージョレヌーボーより美味しいですが プレミアムが付いた分 高くなる。何故 お熟成アインは 安くなるんですか ? お熟成のプレミアムも お客様に差し上げているからです。

ボヘミアは、現在のチェコの西部・中部地方を指す歴史的地名。古くはより広くポーランドの南部からチェコの北部にかけての地方を指した。西はドイツで、東は同じくチェコ領であるモラヴィア、北はポーランド(シレジア)、南はオーストリアである。
ボヘミア4
この地方は牧畜が盛んである。牧童の黒い皮の帽子に皮のズボンにベストは、オーストリア帝国の馬術や馬を扱う人たちに気に入られた。このスタイルは、オーストリアと遠戚関係にあるスペインを経て、アメリカのカウボーイの服装になったといわれる。西欧にも伝わり、芸術家気取り、芸術家趣味と解されて、ボヘミアンやボヘミアニズムという言い方も生まれた。
ボヘミアにおけるガラス工芸の歴史は、13世紀に遡る。12世紀のボヘミアでは教会で使用されるステンドグラスが作られていたが、世俗社会との関係は低く、一般向けのガラス容器が作られるのは13世紀に入ってからである。
ガラス2
ボヘミアガラス・ミュシャ

アルフォンス・マリア・ミュシャ(1860年 - 1939年)は、アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー。「ミュシャ」という表記はフランス語の発音によるものである。多くのポスター、装飾パネル、カレンダー等を制作した。ミュシャの作品は星、宝石、花などの様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルと、華麗な曲線を多用したデザインが特徴である。イラストレーションとデザインの代表作として『ジスモンダ』『黄道12宮』『4芸術』『アダミテ』などが、絵画の代表作として20枚から成る連作『スラヴ叙事詩』が挙げられる。
 「アダミテ」 の挿絵
「アダミテ」 の挿絵には、緻密でドラマチックな表現とアール・ヌーヴォーの華ミュシャらしい優美さがあらわれています。 
スヴァトプルク・チェフの叙事詩 「アダミテ」 は、15世紀ボヘミア (チェコ) のフス派宗教改革の混乱の中で生まれた復古的キリスト教のアダム派の悲劇を詠んだ長編詩です。彼らは人類創造のアダムの時代を理想として無人島であらゆるものを共有して裸で原始共産的生活をしていましたが、アダム派を行き過ぎとみたフス派からも攻撃されて滅びました。
「アダミテ」 の挿絵は、後の 「スラブ叙事詩」 にもつながる、ミュシャ独自の歴史表現の代表的な作品です。。

紀元前エジプトで発見されたガラスは紀元初期ローマに伝わり ボヘミアでは9世紀に始まりました。13世紀 ヴェネツィアガラスの製造技術が伝えられていたが、ガラス産業の規模は小さかった。 中世のボヘミアで生産されたガラスは森林地帯で作られる厚手のヴァルトグラス(森林グラス)が中心で、技法は父子相伝のものとなっていた。14世紀に入り神聖ローマ皇帝カール4世(ボヘミア王としてはカレル1世)の治下でプラハがヨーロッパ文化の中心地として繁栄していた時代に、ボヘミアガラスの骨組みが出来上がる。カール4世の時代にボヘミアとヴェネツィアの関係が深まると、徐々にヴェネツィアン・グラスを手本としたガラスが製造されるようになる。しかし、当時のボヘミアガラスは工芸品としては未成熟で、優れた技術はもっぱらステンドグラスの製造に生かされていた。15世紀末までにチェコ・ドイツ国境の森林地帯でガラス工房が発展していき、14世紀末には既に約20のガラス工房がボヘミアに存在していた。
14世紀末から15世紀初頭のボヘミアでは、主にビザンチングラスの様式を継承したグラスが製造されていた。15世紀半ばにビザンツ帝国(東ローマ帝国)が滅亡、この頃からヴェネツィアのムラーノ島から抜け出してボヘミアに移住するガラス職人が増え始める。16世紀には約90の工房がボヘミアに存在し、ビザンツ、ヴェネツィア、ドイツといった外国の様式を模したグラスが作られていた。17世紀のバロック時代まではヴェネツィアがヨーロッパのガラス容器の生産の中心地であり、ボヘミアのガラス製品もヴェネツィアの影響を受けていた。プラハを帝国の首都とした神聖ローマ皇帝ルドルフ2世は学芸の保護者として知られ、特にガラス工芸を熱心に保護した。17世紀前半にプラハの宝石カッティング職人カスパル・レーマンによって、銅やブロンズ製の回転砥石で宝石をカットするエングレーヴィング技術のガラス細工への応用が考案される。従来のヴェネツィア式のエナメルを使用した絵柄の描画に代わってガラスに直接絵柄が掘り込まれるようになり(グラヴィール彫刻の始まり)、レーマンはルドルフ2世からグラヴィールの独占権を認められた。グラヴィール彫刻はボヘミアとシレジアに普及し、レーマンの弟子ゲオルグ・シュヴァンハルトによってニュルンベルクに伝えられ、ドイツ、オーストリアにも技術が広まった。それ以降、従来の加工法を結合させ、装飾的なバロック様式が施されたガラス細工がヨーロッパの市場で知られるようになった。プラハの宮廷で流行したボヘミアガラスはハプスブルク家の愛用品となり、ヨーロッパ各国の宮廷で珍重された。レーマンら初期のガラス職人の作品は、ガラスを面ごと削ぎ取ったとも思える大胆なカットと、緻密な掘り込みが共存しており、彼らが培った伝統は後世の最高級品の中にも根付いている。

ボヘミアをチェコ語ではチェヒと呼び、チェコ共和国通称チェコをチェヒとも呼ぶ。由来は6世紀頃までに形成されたチェコ人にあり、意味は「『人々/光』の土地」である。ラテン語における『ボヘミア』は、古代にボヘミアからモラヴィア、スロバキアにかけての地域に居住していたケルト人の一派、ボイイ人に由来し、意味は「(戦士の)人々の土地」と考えられている。  
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